【過去の論考】2006/10/13 塾・予備校に教育ヴァウチャー(教育バウチャー)を

概要

昔のブログに書いた論考です。

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現在、政府内で、教育ヴァウチャーの私立学校への導入が議論されている。ヴァウチャーは、テレフォンカードのように特定の目的で利用できる金券のようなもので、すでに、職業訓練補助金などで、日本の政策の一部に取り入れられている。教育ヴァウチャーとは、一言で言って、私立学校が生徒数に応じて公立に準ずる補助金を受け取る仕組みである。

私の提案は、教育ヴァウチャーは、私立学校ではなく、塾や予備校を対象にしてまず導入したらどうかということである。

日本は国際的に見ても、公的な教育費を低く抑えながら、高い教育水準をこれまで獲得してきた。しかし、その一方で、多くの親たちは、塾や予備校などへの「私的」な教育費支出を強いられてきた。精密な検証は難しいが、テストの成績でみた日本の子どもの学力は、かなりの程度、塾の力によって支えられてきたことに、多くの人は異論はないであろう。日本は、半数近い子どもが、公的教育と私的教育を「同時」に受けてきた、世界的にも希な社会なのである。公立学校が最低限の素養と社会生活の基礎を教え、塾がそれだけでは個人のニーズに合わない部分を補ってきたのである。

自由な市場ではぐくまれてきた塾や予備校は、子どものそのときの力に応じたきめ細かい指導方法を開発してきた。しかし、塾や予備校に学力向上の多くを頼っていることは、格差拡大の源泉でもある。いくら日本の公立学校制度が、すべての子どもに公平に資源を分配しても、親の所得や意識の格差によって塾の利用や選択が決まり、それが子どもの学力に影響を与えうるからである。さらに、学校の週5日制など、ゆとり教育導入の影響で、学校外の学習・活動が格差を更に広げる可能性も多くの識者から指摘されている。

案として、例えば、中学生から高校生までのすべての子どもにを対象に、同額のヴァウチャーを支給する。ヴァウチャーは、最低限の基準を満たした塾等で利用できる。その場合、塾は、入学を希望する生徒を拒否できないことにする(もちろん、どのようなコースを選択するかは別である)。このやり方により、少なくとも、塾に行けるかどうかによって発生する格差を抑えることができる。

これは突飛な考えではない。文部科学省はすでに、「塾に通っていることそうでない子の学力格差を心配」(小坂大臣)し、教員のOBを利用して土曜日や放課後の教室を使って無料補習を行う事業をスタートする、という(日経4/18/2006)。それが悪いとは言わないが、そこまで、塾に行くことで学力が伸びるという現実を認めているのであれば、教員OBではなく、塾に行くための補助金を支給する方が理にかなっている。

このような政策は、公教育の役割を解体してしまうであろうか?むしろ逆である。今、公教育に対する不満は、学校選択制の導入や、私立学校人気に反映している。多くの識者は、これが地域社会の分断や階層の固定化につながると憂慮している。学校に対する不信は、学校に対する過大な期待に出発している。塾へのヴァウチャーがあることによって、地域社会に密着した公立校に通学しながら、学校が手を尽くしきれない部分を、塾が補完してくれることを明確に期待できるようになるであろう。

したがって、公立学校の意義は減少しないどころか、私立から公立への回帰になる可能性さえある。例えば、「塾にお金を出すぐらいなら」、と考えて私立を選ぶ家庭は、公立に戻って来るであろう。もちろん、私立学校の子どももヴァウチャーを使うことはできるので不公平はないし、独自の教育理念で生徒を集めている私立学校の存在意義はなくならない。

現在も加熱する受験競争に油を注ぐことを心配するのであれば、それはむしろ、現在の入試制度を問題にすべき話である。受験を志す子どもの裾野を広げることは、明らかに社会の公平性を向上させる。もちろん、塾ではなく、他の習い事に使えるようにするのも一案である。子どもが目指す方向によって、山村留学、英会話、スポーツ、音楽のレッスンなどに使えるようにしたほうが良い。

私立学校のみへの教育ヴァウチャーに比べてどちらが良い、と断言することは難しい。しかし、ヴァウチャー導入にあたり、現在、生徒選抜と学費設定の自由を享受している私立学校と公立学校との競争条件の統一を得ることは、政治的に難しい。すでに、私立学校以上に多くの地域に密着し、かつ公立学校と競争する必要のない、塾や予備校に補助金を出す方が、政策として、はるかに容易であろう。

子どもにかかる教育費の高さは、子どもを生むことを躊躇する夫婦の最大の理由の一つである。公立校に子どもを通わせる大多数の親にとって、それは、塾や予備校の費用なのである。塾・予備校への教育ヴァウチャーの支給は、教育費の税額控除よりも、少子化対策としても現実的でわかりやすい。導入にあたって検討すべき課題は数多くあると思うが、一考の価値はあるのではないだろうか?